2005-09-28

生き急ぎ




「ご飯も何も要らないから、
やるべきことをさっさと終えて、
あたしはすべてを終わらせたいよ」

表情のない言葉を落とす、
彼女に悪魔は紳士を気取り、
そっと背後から顔を近づけ、
「またか」の溜息のあとに囁いた。

「そう都合よくはいかないよ」

振り向きかけた彼女の視界に、
時代遅れにお洒落ぶる、
白黒コンビの靴がちらりと映り、
悪魔はふわっと頭を撫でて
彼女を眠りに落として消えた。

どれほど眠ったか、夜は明けきらず、
目覚めた彼女は薄暗い部屋の
冷えたつま先をソファの上で
重ねあわせて身震い一つ、
今度は願うように天使に言った。

「ご飯も何も要らないから、
やるべきことをさっさと終えて、あたしはすべてを終わらせたいよ」

老けた赤ん坊顔のパーツを変えず、
天使はゆっくり小首を傾げ、
やおら、くるりと背を向ける。
ヴォリュームのある白い翼をひと羽ばたき、
彼女の顔を、ばさりと風で殴りつけた。

「生き急ぐなら、さっさとやりな」

幽かに響く捨てゼリフ、 光も残さず天使は消えた。

やらないうちから生き急ぎ。
「さっさと終わらせたい」なんて拗ね台詞。
1ミリでも、いや1センチ、
せめて今日、10センチを目指して進みたい。
本当のところは1メートル。

肩を落としていても、
本当のところは
光を掴みたい。